2016/01/10

愛想

その日、我々は下北沢でライブを行なっていた。特に打ち上げ等が無かったので、我々は某有名餃子屋で軽く呑むことにした。10分程待ったがすぐに入店することのできた我々は、月並みの中華料理をあてに酒を呑んだ。その日、図らずとも誕生日だった嶋田のために祝杯をあげ、不意に上木がショートケーキを買ってきて、その場は更に盛り上がった。
夜も更けてきたところ、一行のうち3人は帰ることとなった。残った面子でもう一軒行こうということになり、またしても安価な中華屋に落ち着いた。程なく嶋田は眠ってしまった。私はさほど多くの酒を飲んでおらず、酔っているつもりはあまり無かったが同じく睡魔に襲われてしまい、いつの間にか眠ってしまった。
気付いた時には外はまだ薄暗かったが、朝が迫っていた。店を出ることとなり、まだ電車は動いてなかったが皆それぞれの帰路へ向かった。私はウッドベースという大きな楽器を持ち運んでおり、タクシーに乗るという選択肢が無かった。その時は非常に疲労感があり、徒歩30分以上の道のりは果てしなく遠く感じながら家路を進んだ。概ね半分程進んだくらい、朝方で車もあまり通らぬ道を歩いていたところ、反対車線からタクシーが走ってきた。私とすれ違う手前で不意に減速し、中年男性の運転手が窓を開けて話しかけてきた。

「お兄さん、乗ってく?」
思わぬ問いに私はたじろいだが、疲労困憊だった私はタクシーに乗りたかった。

「乗りたいですけど、楽器積めますか?」
「大丈夫だよ。ちょっと待ってて、すぐ折り返してくるから」
そう言って直ぐにUターンして戻ってきた。助手席と運転席を倒しウッドベースのネックを対角線に突っ込み...あれやこれやした結果どうにか積むことが出来、私は車に乗り込んだ。

「これ運ぶの大変だねぇ。これなに?チェロ?」
「コントラバスです。なかなか大変ですね。乗せたことあるんですか?」
「あぁコントラバスね。いや、無いんだけどさ。俺も音楽やってるからさぁ。あ、メーター押すの忘れてた。ははは。」
ウッドべースと共に歩くには時間がかかるが、タクシーに乗ってしまえば僅か10分にも満たない時間で我が家に到着した。運転手が嫌がらなければウッドベースをタクシーに積むことが出来るということを教えてくれた、不可思議に愛想の良いおっさんに私は助けられた。

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